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浦和地方裁判所 昭和32年(ヲ)25号 決定 1957年4月13日

申立人 田原正春 外一〇名

被申立人 飯田重唯

主文

本件申立を却下する

申立費用は申立人等の負担とする

理由

申立人等代理人の申立の要旨は、被申立人が申立外上条健治に対する浦和地方裁判所昭和二四年(ワ)第二二四号建物収去土地明渡請求事件の判決の執行力ある正本に基いて別紙目録記載の建物に対して強制執行をすることは許さないとの決定を求め、その申立の理由として、被申立人は前記執行力ある正本に基いて浦和地方裁判所執行吏根岸亀太郎同小貫宝作に対し被申立人所有の川口市栄町三丁目一二一番地宅地七百十一坪七合六勺についてその地上に存する申立外上条健治所有の建物を収去してその敷地を明渡す強制執行を委任し右執行吏両名は右強制執行をするにあたつて、昭和三十一年十二月二十五日から昭和三十二年四月六日まで数回に亘つてその地上に存する申立人等所有または居住する別紙目録記載の建物に対して一部強制執行をなしかつ将来これを続行しようとしている。しかしながら右強制執行はつぎに挙げる理由によつて違法である。すなわち、

(1)  本件債務名義は申立外上条健治に対するものであつて申立人等の所有または居住する建物に対して強制執行をすべき債務名義は何等存しない。もちろん申立人等に対して債務名義の送達もない。従つて別紙目録記載の建物に対して強制執行をすることは許されない。

(2)  申立人等と被申立人代理人栗原初太郎との間において昭和三十二年一月二十七日申立人等が申立外上条健治の任意明渡しに協力するならば被申立人は申立人等に対して強制執行をしない旨の契約が成立した。

(3)  昭和三十二年二月二十七日本件土地上の申立外上条健治所有の建物に対し強制執行をするに際し執行吏根岸亀太郎の指揮する執行人夫は病床にある右上条健治に対し面会を強行しようとしてそれを止めるよう哀願する申立外鈴木みや子、阿部春子、片倉季野等に対してなぐる、けるの暴行を加えこれに傷害を与えた。さようなわけで右執行吏のなした執行は違法であり、また将来においてもさような違法な強制執行がなされる虞れがある。

というのである。

被申立人代理人の答弁の要旨は、本件申立を却下する、との裁判を求め、被申立人が申立人等の主張する執行力ある正本に基いてその主張する執行吏に委任してその主張する土地明渡を求めるためその地上に存する申立外上条健治所有の建物に対して収去の強制執行をしたこと、申立人等が右土地上に別紙目録記載の建物を所有または居住することおよび被申立人が申立人等に対して債務名義を有しないこと従つて債務名義の送達をしていないことは認めるが、申立人田原正春、布川優の所有建物に対して強制執行をしたこと、違法理由(2) に掲げるような契約をしたこと(かりに栗原初太郎が被申立人の代理人としてさような契約をしたとしても被申立人は同人に対してさような契約をする代理権を与えたことはない)および違法理由(3) に掲げるような暴行を加えたこと(かりにその主張する者が傷害をうけたことがあるとしてもそれは同人等外多数の者が強制執行を阻止しようと抵抗したため小ぜりあいを生じたのではずみによつて自ら怪我をしたに過ぎない)は否認する。本件土地については浦和地方裁判所において当時地上に建物を所有した申立外上条健治、木村一雄、花井重盛に対しその占有を執行吏保管に移す仮処分決定をうけ、昭和二十八年十月二十一日その執行をしたところ申立人外木村一雄は所有建物を申立外沖野義雄に譲渡したため同人に対する分は執行不能となつたが爾余はすべて執行を終え、ついで申立外沖野義雄に対し同様仮処分決定をうけ昭和二十八年十月二十四日その執行を終え、ここに本件土地に対する仮処分執行は完了しその占有は執行吏保管に帰したものであつて申立人等の所有する別紙目録記載の建物はいずれも本件土地に対する右仮処分執行后に建築されたものである。また本件土地の上にある申立外上条健治所有の建物については同人に対しその占有を執行吏保管に移す仮処分決定をうけ、昭和二十四年十二月中その執行をなし別紙目録記載の(三)および(10)の(ロ)に対して執行を終え執行吏保管に帰したもので申立人塩瀬宗三および水戸千代はその后右建物に居住するに至つたものである。さようなわけであるから被申立人は本件土地および建物に対する仮処分執行后の占有者であるから仮処分の執行による執行吏保管を侵した申立人等に対しては債務名義なくしてその所有建物を収去しまたは居住建物の退去を強制することができる、というのである。

申立人等代理人の再答弁の要旨は、被申立人の主張するような仮処分決定がなされ、その主張するようにその執行がなされたこと、申立人田原正春、布川優を除く申立人等所有の建物が本件土地に対する申立人主張の仮処分執行后に建築されたものであることおよび申立人塩瀬宗三、水戸千代の居住する建物が被申立人主張のような仮処分の執行をうけた建物で申立人等がその后これに居住するに至つたものであることはこれを認めるが、申立人田原正春、布川優所有の建物の敷地は本件土地に対する被申立人主張の仮処分執行前既に申立人等において申立外上条健治から賃借占有していたものである。と述べた。

疏明として、申立人等代理人は甲第一号証(念書)第二号証(告訴状控)第三号証の一乃至三(診断書)第四号証の一乃至五(新聞)第五号証(陳述書)を提出し、被申立人代理人は乙第一号証(証明書)を提出した。

よつて按ずるのに、被申立人が申立外上条健治に対する昭和二四年(ワ)第二二四号建物収去土地明渡請求事件の判決の執行力ある正本に基づいて浦和地方裁判所執行吏根岸亀太郎同小貫宝作に対し川口市栄町三丁目一二一番地宅地七百十一坪七合六勺についてその地上に存する申立外上条健治所有の建物収去土地明渡の強制執行を委任し右執行吏両名が右強制執行に着手したこと、申立人等が右土地上に別紙目録記載の建物を所有またはこれに居住すること被申立人が申立人等に対して債務名義を有しないこと従つて債務名義の送達をしていないこと、本件土地および申立外上条健治所有の地上建物については被申立人主張のような仮処分執行がなされ申立人田原正春、布川優を除く申立人等の所有建物はいずれも右仮処分執行後に建築されまた申立人塩瀬宗三、水戸千代は右仮処分執行後にその建物に居住するに至つたものであることは当事者間に争がないからこれを認めることができる、そして被申立人が申立人田原正春、布川優を除く申立人等の所有建物の収去および居住建物の退去について強制執行に着手したことは被申立人の明らかに争わないところであるからこれを認めることができる。申立人田原正春、布川優はその所有建物について強制執行をうけたと主張するけれどもこの点については疏明がなくかえつて疏乙第一号証の記載によれば右申立人等に対して強制執行がなされていないことが窺えるから申立人田原正春、布川優の申立は既にこの点において失当であるから爾余の点について判断を加えるまでもなく却下せざるを得ない。そこで爾余の申立人等の申立について考察を加える。申立人等は被申立人が申立人等に対する債務名義なくしてその所有建物の収去および居住建物を退去を強行することは違法であると主張するので考えるに、申立人等が本件土地上に建物を建築して本件土地の占有を開始する以前、また申立外上条健治の所有の建物に居住を開始する以前において既に右土地および建物についてはその占有を執行吏に移す旨の仮処分が執行されていたことは当事者間に争のないところである。かように不動産についてその占有を執行吏保管に移す旨の仮処分の執行後の執行吏占有を侵害したものを排除するのにその者に対する債務名義を必要とするかどうかについては議論のわかれるところであるけれどもおよそ既に仮処分の執行により執行吏占有に付された不動産に対して本執行に移つた段階においては執行吏占有の侵害者に対してはその者に対する債務名義を要せずしてその者の排除を強制しうるものと解するのが相当である、というのは仮処分の執行による執行吏占有は本執行の保全を目的とするものであるから本執行に移らない段階においてその者に対する債務名義なくして侵害者の排除を強行することができると考えることはあるいは行き過ぎではないかと考えられるが、既に本執行に移つて段階においては仮処分執行後の本執行の妨げとなる侵害に対しては仮処分執行の効果という執行法上の効果としてこれに対する債務名義なくしてその排除を強行することができると考えるからである。本件の場合申立人等の建物の建築または建物の占有はいずれも仮処分執行後であり本件は既に本執行に移つた段階であることは前段認定のとおりであるから被申立人が申立人等に対する債務名義なくして申立人等の所有建物の収去または居住建物の退去を強行したことを違法であるということはできない。従つて申立人等に対し債務名義の送達をしなかつたことも違法の理由とならないことはいうまでもない。

つぎに申立人等は被申立人の代理人である栗原初太郎との間に申立人等が申立外上条健治の任意明渡に協力するならば被申立人は申立人等に対し強制執行をしない旨の契約が成立したと主張し、疏甲第一号証の記載によれば一応右の事実は認められるけれども申立人等が申立外上条健治の任意明渡に協力した点について何等の主張も疏明もないから結局右の契約は条件が成就したことを認められないことになりこの点に関する申立人等の主張も理由がないといわなければならない。

最後に申立人等は本件強制執行は執行吏根岸亀太郎の指揮する執行人夫が執行中関係人に対して暴行を加えたから本件強制執行は違法であると主張する。なるほど疏甲第三号証の一乃至三第四号証の一乃至五の記載によれば本件強制執行の執行に際して申立人等主張の者が傷害をうけたことは一応認めることができるけれども、さらに、疏甲第四号証の一乃至五の記載によればその傷害は本件強制執行に対して多数の関係者がこれを阻止しようとしたため、執行吏側と小ぜりあいを生じたためはずみによつてうけたものであることが窺われるのみならず、強制執行において債務者が抵抗を試みるときは執行吏において威力を用いることは法の許容するところであることを考えれば右認定のような場合これを違法の強制執行ということはできないことはまことに明白である。

以上説示のとおりであるから本件異議の申立は全くその理由がないものといわなければならない。よつて申立費用の負担について民事訴訟法第八十九条の規定を適用して主文のとおり決定した。

(裁判官 岡岩雄)

目録

川口市栄町三丁目一二一番地所在

(一) 申立人田原正春所有

木造板金葺二階建居宅一棟

建坪八坪二階八坪

(二) 申立人布川優所有

木造板金葺二階建居宅一棟

建坪六坪二合五勺 二階六坪二合五勺

木造スレート葺平家建工場一棟

建坪十坪五合

木造瓦葺平家建居宅一棟

建坪十坪

(四) 申立人川上八千代所有

木造モルタル造トタン葺二階建居宅一棟

建坪十三坪二階十三坪

(五) 申立人下村マサ所有

木造板金葺二階建店舗兼居宅一棟

建坪十坪二階四坪一合二勺

(六) 申立人大村昌二郎所有

木造瓦葺二階建店舗兼居宅一棟

建坪二十坪二階九坪

(七) 申立人広田満子所有

木造板金葺二階建居宅一棟

建坪三坪二階三坪

(八) 申立人滝田武夫所有

木造板金葺平家建居宅一棟

建坪五坪五合

(九) 申立人佐藤保所有

(三) 申立人塩瀬宗三居住(上条健治所有)

木造板金葺平家建店舗兼居宅一棟

建坪六坪

(一〇) (イ)申立人水戸千代所有

木造瓦葺二階建居宅一棟

建坪五坪二階四坪

木造紙葺平家建車庫一棟

建坪六坪

(ロ)申立人水戸千代居住(上条健治所有)

木造スレート葺平家建店舗一棟

建坪十坪五合

(一一) 申立人橋本晋所有

木造トタン葺平家建店舗兼居宅一棟

建坪五坪

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